マネージャーの距離感

部下からの不満や意見にどう向き合うか:信頼を築きながら適切な境界線を守るマネジメント

Tags: マネジメント, 部下育成, コミュニケーション, 境界線, 信頼関係

はじめに

マネージャーの皆様におかれましては、日々の業務の中で部下からの様々な不満や意見に直面する機会も多いかと存じます。特に広告代理店の営業部という環境では、目標達成へのプレッシャー、多様な顧客への対応、チーム内外の人間関係など、部下が抱えるストレス要因は少なくありません。部下が不満や意見を表明することは、チームや組織にとって重要なシグナルであると同時に、マネージャーにとっては対応の難しさを伴う場面でもあります。

適切に対応すれば、部下との信頼関係を深め、チームの課題解決やエンゲージメント向上に繋がります。しかし、対応を誤ると、関係性の悪化を招いたり、マネージャー自身の負担が増大したりする可能性もあります。

本稿では、部下からの不満や意見に対し、信頼関係を損なうことなく、かつマネージャーとして適切な距離感と境界線を守りながら対応するための実践的な方法論を解説いたします。

部下からの不満や意見が生じる背景

部下が不満や意見を表明する背景には、様々な要因が考えられます。主なものとしては以下のような点が挙げられます。

これらの不満や意見は、部下が現状に対して改善や変化を求めているサインであると捉えることができます。マネージャーは、その背後にある真のニーズや原因を理解することが求められます。

適切な対応のための基本姿勢:傾聴と事実確認

部下からの不満や意見に対応する上で最も重要となるのは、「傾聴する姿勢」と「事実を確認する姿勢」です。

まず、部下の話を遮らず、最後まで耳を傾けることが不可欠です。途中で批判したり、安易な解決策を提示したりすることは避け、まずは部下の感情や状況を理解しようと努めてください。相槌を打ったり、部下の言葉を繰り返したりすることで、真摯に話を聞いている姿勢を示すことができます。

次に、話の中で表明された内容について、客観的な事実と部下の主観的な感情や解釈を切り分けて理解することを意識してください。部下が「〇〇さんはいつも私の邪魔をする」と話した場合、それは部下の感じ方であり、事実として「〇〇さんがどのような行動を取ったのか」を具体的に確認する必要があります。曖昧な表現や感情的な訴えに対しては、「具体的に、いつ、どのような状況で、何が起こったのか」を丁寧に質問し、状況の正確な把握に努めます。

境界線を守るための具体的な対応ステップ

部下の不満や意見に真摯に向き合いながらも、マネージャーとして必要な境界線を守るためには、以下のステップを踏むことが有効です。

ステップ1:話を聞く場を設定する

感情的な話やデリケートな内容が含まれる可能性があるため、周囲に聞かれない静かな場所と時間を確保します。事前に「少し話を聞かせてほしい」と伝え、部下も心の準備ができるように配慮します。

ステップ2:傾聴し、理解を示す(共感と同意は異なる)

部下の話を注意深く聞き、部下が「話を聞いてもらえた」と感じられるように努めます。「大変でしたね」「そう感じられたのですね」といった共感的なフレーズを用いることは有効ですが、これは部下の感情や状況への理解を示すものであり、その内容に「同意する」こととは異なります。問題や意見の内容について、マネージャーとして同意できない点があっても、まずは部下の話をすべて受け止める姿勢が大切です。

ステップ3:事実と感情を切り分け、具体的に確認する

話の中で不明確な点や、部下の感情に基づいていると思われる点については、「具体的にどのような出来事があったのでしょうか?」「その時、あなたはどう感じたのですか?」といった質問で深掘りします。ここで、部下が抱える問題の「原因」と、それに対する部下の「感情」や「解釈」を区別できるよう、冷静に情報を整理します。

ステップ4:マネージャーとしての視点や制約を伝える

部下の話を聞き、状況を理解した上で、マネージャーとしての立場から伝えられる情報や、対応できる範囲、あるいは対応が難しい制約について丁寧に説明します。

この際に、「お気持ちは十分に理解できます。ですが、現状では〇〇という理由から、この件については△△までしか対応が難しい状況です」のように、共感と同時に線引きを明確に伝えることが重要です。

ステップ5:次のアクションと期待値を調整する

解決に向けて具体的なアクションを取る場合は、その内容、担当者、期日などを明確に伝えます。すぐに具体的なアクションが取れない場合でも、「この件については、社内の規定を確認してみます」「まずは〇〇さんと話してみます」のように、次に何をするかを伝えると部下は安心できます。

また、部下の期待値が高すぎる場合には、現実的な着地点を示す必要があります。「すべてをすぐに解決することは難しいですが、あなたの声は真摯に受け止め、改善のためにできることを考えます」といった形で、一方的に突き放すのではなく、共に解決に向けて考える姿勢を示すことが有効です。

ステップ6:フォローアップする

約束したアクションを実行し、必要に応じて部下にその進捗や結果を伝えます。フォローアップを行うことで、部下は「自分の話が真剣に受け止められている」と感じ、信頼関係の維持・強化に繋がります。

具体的なシチュエーション別対応例

ここでは、いくつかの具体的なシチュエーションにおける対応例を示します。

シチュエーション例1:業務負荷に関する不満

部下:「最近、抱えている案件が多すぎて、とても回せません。毎日終電です。」

マネージャーの対応例: 「大変ですね、〇〇さんが多くの案件を抱えていらっしゃると感じているのですね。まず、具体的にどのような案件で、どのくらいの時間を要しているのか、いくつか例を挙げてもらえますか?(事実確認)その上で、現在の業務全体の状況と、他にサポート可能なメンバーがいるかなどを確認し、業務配分の見直しや効率化の方法について一緒に考えましょう。(対応可能なアクション提示と共創)すぐに劇的な改善は難しいかもしれませんが、あなたの負担を減らすために何ができるか、真剣に検討します。(期待値調整と真摯な姿勢)」

シチュエーション例2:評価に関する不満

部下:「今回の評価に納得がいきません。自分なりに成果を出したつもりなのですが。」

マネージャーの対応例: 「評価について納得がいかないのですね。そう感じさせてしまい、申し訳ありません。(共感と謝罪)評価は〇〇さんの成果だけでなく、いくつか総合的な観点から判断しています。具体的に、どの点について特に疑問を感じていますか?(事実・感情の確認)評価の基準や、〇〇さんの今回の評価における私の考え、そして今後さらに評価を高めるために期待することについて、改めて時間を取ってお話ししましょう。(具体的な説明と次のステップ提示)もちろん、〇〇さんの今回の成果については私も認識しており、それは評価にも反映されていますが、他の要素とのバランスも考慮しています。(境界線の説明)」

シチュエーション例3:他の部下との人間関係の悩み(マネージャーに相談)

部下:「△△さんとどうも相性が悪くて、仕事がやりにくいです。困っています。」

マネージャーの対応例: 「△△さんとの関係について悩んでいるのですね。仕事を進める上で人間関係の悩みがあると、大変だと思います。(共感)具体的に、△△さんのどのような言動や状況で、仕事がやりにくいと感じるのでしょうか?(事実・感情の確認)その上で、業務上のコミュニケーションを円滑にするために、何か工夫できることはないか一緒に考えてみましょう。例えば、〇〇さんが△△さんに伝える際に気をつけることや、私が間に入って業務上の連携を調整することも検討できます。(対応可能なアクション提示)ただし、個人的な感情の相性そのものに私が直接介入することは難しい点もあることをご理解ください。あくまで業務を円滑に進めるためのサポートを中心に考えさせてください。(境界線の明確化)」

【断り方の例文】

部下:「最近プライベートで色々あって、仕事に集中できません。どうしたらいいですか?」

マネージャーの対応例: 「プライベートで大変な状況なのですね。仕事への影響も心配されているのですね。(共感)個人的な状況についてお話しいただきありがとうございます。お気持ちは理解できますが、個人的な悩みそのものに対して、マネージャーとして具体的なアドバイスや解決策を提供することは難しい点があることをご了承ください。(境界線の明確化)業務に関して何かサポートできることがあれば、遠慮なく相談してください。また、もし誰かに話を聞いてほしい、あるいは専門的なアドバイスが必要だと感じるようであれば、会社の相談窓口や外部の専門機関を利用することも選択肢の一つです。情報を提供することはできますが、最終的にどうされるかは〇〇さんの判断となります。(情報提供と線引き)」

まとめ

部下からの不満や意見に適切に対応することは、マネージャーにとって避けて通れない重要な役割です。それは単なる問題解決の場ではなく、部下の成長を促し、チーム全体のエンゲージメントを高め、ひいては組織の成果に繋がるための貴重な機会でもあります。

重要なのは、部下の声に真摯に耳を傾け、感情と事実を丁寧に切り分け、状況を正確に把握することです。その上で、マネージャーとして対応できる範囲と、そうでない範囲(境界線)を明確に、しかし丁寧に伝えることが不可欠です。すべてを引き受けたり、安易な約束をしたりすることは、かえって問題の長期化や関係性の悪化を招く可能性があります。

適切な距離感を保ちながら、部下が自ら考え、成長できるようなサポートを提供することを目指してください。今回ご紹介したステップや対応例が、皆様のマネジメント実践の一助となれば幸いです。部下との対話を通じて、より強く、より健全なチームを築いていくことを願っております。