チーム内の人間関係トラブル解決:部下間の衝突におけるマネージャーの適切な距離感
チームを率いるマネージャーとして、部下育成や目標達成に日々取り組んでいらっしゃることと思います。数年の管理職経験をお持ちであれば、多様なバックグラウンドや価値観を持つ部下たちが集まるチームにおいては、時に意見の衝突や人間関係の摩擦が生じることがある、という現実にも向き合ってこられたのではないでしょうか。
部下間の衝突は、放置すればチームの士気を低下させ、生産性を損なうだけでなく、離職の原因にすらなり得ます。一方で、マネージャーが安易に介入しすぎたり、どちらか一方に肩入れしたりすることは、かえって問題を複雑化させ、マネージャー自身の信頼性を損なう可能性もあります。
ここで重要となるのが、「マネージャーの適切な距離感」です。衝突というデリケートな問題に対し、どのような距離感で、いつ、どのように関わるべきか。この記事では、部下間の衝突解決におけるマネージャーの適切な距離感と、関係性・境界線を守りながら円滑な解決を目指す具体的なアプローチについて解説します。
部下間で衝突が起こる背景とマネージャーの距離感の難しさ
広告代理店の営業部のように、個々の成果とチーム全体の目標達成が同時に求められる環境では、部下間の衝突が発生しやすい側面があります。衝突の背景には、以下のような要因が考えられます。
- 価値観やスタイルの違い: 営業手法、仕事への取り組み方、コミュニケーションスタイルなど、個々人の違いが摩擦を生む。
- 目標や評価への意識: 個人目標とチーム目標のバランス、貢献度や評価に対する認識のずれ。
- 業務遂行上の問題: 役割分担の曖昧さ、情報共有不足、納期や品質に関する認識の相違。
- 個人的な感情や相性: プライベートな問題の持ち込みや、単なる人間的な相性の悪さ。
これらの衝突に対し、マネージャーは「チームの責任者」として何らかの対応を求められます。しかし、部下たちの自主性を尊重しつつ、必要以上の干渉にならないようにするには、適切な距離感が必要です。
- 距離感が近すぎる場合: 部下の感情に巻き込まれやすく、冷静な判断が難しくなる。一方の言い分だけを鵜呑みにしたり、個人的な関係性で対応が変わったりするリスクが生じる。部下は自分で解決する機会を失う。
- 距離感が遠すぎる場合: 問題を放置していると受け取られ、部下の不満が募る。状況が悪化するまで気づかない、あるいは手遅れになる可能性がある。チームの一体感が損なわれる。
適切な距離感とは、部下たちの状況や感情を把握しつつも、冷静かつ客観的な視点を保ち、あくまで中立的な立場で建設的な解決をサポートする位置づけと言えます。
衝突の兆候を捉え、初期段階で適切な距離感を取る
衝突が表面化する前に、その兆候を早期に捉えることが重要です。日々の業務の中で、部下たちの様子を注意深く観察することで、変化に気づくことができます。
- 特定の部下同士の会話が減った、あるいはぎこちない雰囲気になった。
- メールやチャットのやり取りが形式的になった、あるいは返信が遅れるようになった。
- 会議中に特定の部下同士が互いの意見に反論したり、非協力的な態度を取ったりする場面が増えた。
- チーム全体の雰囲気が悪くなった、報告・連絡・相談が滞るようになった。
これらの兆候が見られた初期段階では、直接的な介入よりも、まず問題が何かを探るための「少し引いた」距離感からのアプローチが有効です。
例えば、関係が悪化したように見える部下それぞれに、個別に少し時間を取って話を聞いてみる。その際に、「何か困っていることはありますか?」あるいは「最近、〇〇さんと△△さんの間で少し雰囲気が違うように見えるのですが、何か話せますか?」のように、相手を責めるのではなく、心配している、状況を理解したいというニュアンスで問いかけます。
この段階では、すぐに衝突そのものに触れる必要はありません。部下の業務上の悩みやチーム全体の状況について話を聞く中で、問題の根源に繋がる情報が得られることもあります。重要なのは、部下にとって「マネージャーは自分の状況に関心を持ってくれている」「いざという時は相談できる」と感じてもらえるような、信頼関係を損なわない距離感を保つことです。
また、チーム全体のコミュニケーションを活性化させるための働きかけも有効です。カジュアルな情報交換の機会を設けたり、オープンなフィードバックを奨励する雰囲気を醸成したりすることで、小さな摩擦が大きな衝突に発展するのを未然に防ぐ効果が期待できます。
本格的な介入が必要な衝突への対応ステップと具体的な声かけ
初期の対応で改善が見られない、あるいは既に業務に支障が出ているような深刻な衝突の場合は、マネージャーによる一歩踏み込んだ介入が必要となります。この際の介入タイミングと具体的なステップ、そして適切な距離感を保つための言葉遣いが重要です。
介入の判断基準とタイミング:
- 衝突が継続し、チーム全体の士気や生産性に悪影響が出ている場合。
- 部下同士での自主的な解決が難しいと判断される場合。
- ハラスメントなど、見過ごせない言動が含まれる可能性がある場合。
介入を決めたら、感情的にならず、冷静かつ中立的な立場で臨むことが不可欠です。これが、介入時の適切な距離感の基盤となります。
具体的な介入ステップと対話例:
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個別面談で双方の言い分を聞く:
- まず、衝突している部下一人ひとりと個別に面談します。
- 目的は、それぞれの視点から見た状況、抱えている感情、問題と感じている点などを正確に把握することです。
- この際、「どちらが正しいか」を判断するのではなく、「それぞれの認識や感情はどうなっているか」を理解することに徹します。 これが中立性を保つための距離感です。
- 傾聴の姿勢を示し、部下が安心して話せる雰囲気を作ります。
- 具体的な声かけ例:
- 「今日は、〇〇さんと△△さんの間で少し問題が起きている件について、あなたの考えを聞かせていただきたくて時間をいただきました。」
- 「今、あなたはどのような状況だと感じていますか?」
- 「具体的に、△△さんのどういう言動に対して不満を感じていますか?」
- 「その時、あなたはどのような気持ちになりましたか?」
- 「この状況について、あなた自身は今後どうなったら良いと思いますか?」
- 面談中は、感情的な言葉に引きずられず、事実関係を確認することに努めます。
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仲介の機会を設ける(必要に応じて):
- 個別面談で双方の状況を把握できたら、可能であれば両者を交えた話し合いの場を設けます。
- マネージャーはあくまで進行役、仲介役に徹し、解決策を一方的に指示することは避けます。部下自身が解決に向けて歩み寄れるようサポートする距離感です。
- 双方に冷静に話す機会を与え、互いの認識や感情を伝え合えるように促します。
- マネージャーの役割は、感情的な応酬を防ぎ、議論が建設的な方向へ進むようにファシリテートすることです。
- 具体的な声かけ例:
- (冒頭で)「今日は、お二人でこの状況を乗り越えるための話し合いをしたいと思います。私は、お二人が互いの考えを理解し、より良い関係性を築けるようサポートさせていただきます。」
- 「〇〇さんは、△△さんのこの行動について、このように感じていらっしゃるのですね。」(相手の言葉を要約し、確認する)
- 「△△さん、今〇〇さんが話されたことについて、何か思うことはありますか?」
- 「お二人が今後、この問題で再び対立しないためには、どのようなルールや工夫が必要でしょうか?一緒に考えてみませんか。」
- 「共通の目標である『チームの営業目標達成』に向けて、お互いに協力できる点はありませんか?」
- 話し合いの中で、互いの誤解が解消されたり、歩み寄りの姿勢が見られたりすれば、解決への道が開けます。
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解決策の確認と再発防止策の合意形成:
- 話し合いを通じて合意された解決策や、今後のコミュニケーションの取り方などを明確にします。
- マネージャーは、合意内容が現実的で実行可能かを確認し、必要に応じて助言を行います。
- 具体的な行動計画や、困った時の相談先なども明確にしておくことが、今後の境界線を守る上で役立ちます。
- 具体的な声かけ例:
- 「今日の話し合いで、〇〇さんは今後は〜に気をつける、△△さんは〜を徹底するという合意に至った、という理解でよろしいでしょうか。」
- 「これからもし同じような状況になりそうになったら、まずはお互いにどういうアクションを取りますか?あるいは、私に相談しますか?」
- 「合意した内容を文書にして共有しておきましょうか。」
境界線を引く際の具体的な行動や言葉遣い:
- 感情的な巻き込まれを防ぐ: 部下の感情に同情しすぎるのではなく、「そういう気持ちになったのですね」と共感を示しつつも、冷静に状況や事実関係を整理する視点を保ちます。個人的な愚痴の聞き役にならない。
- 個人的な好き嫌いを排除した公平な姿勢: どちらか一方の部下と個人的な関係性が近くても、衝突解決の場では完全に公平な立場を崩しません。これは、部下からの信頼を得る上で最も重要な境界線の一つです。
- 解決策を「与える」のではなく、「一緒に考える」スタンス: マネージャーが「こうしなさい」と指示すると、部下の主体性や解決能力を奪ってしまいます。あくまで部下自身が解決策を見つけられるよう、質問を投げかけ、思考を促すコーチング的な距離感を意識します。
- 例:「あなたはどうすればこの状況が改善すると思いますか?」
- マネージャーの役割と部下の役割を明確にする: マネージャーは仲介者・支援者であり、最終的に行動を変え、関係性を再構築するのは部下自身です。「私は解決のためのサポートをしますが、最終的にどうするかはお二人の合意にかかっています」という姿勢を示すことも、適切な境界線となります。
- プライベートな問題への過度な立ち入りを避ける: 衝突の背景に部下のプライベートな問題が絡んでいる場合でも、解決のために必要な範囲の情報収集に留めます。個人的な詳細に深入りしすぎない線引きが必要です。相談に乗る場合も、「相談に乗りますが、最終的に決めるのはあなた自身です」というスタンスを明確にします。
ケーススタディ:広告代理店営業部での衝突事例
シチュエーション: チーム内のAさんとBさんが対立している。Aさんはクライアントとの長期的な関係構築を重視し、丁寧な対応を心がけているが、仕事の進め方がやや慎重。一方、Bさんはスピード感を重視し、新しい施策を積極的に提案するが、時にコミュニケーションが一方的になることがある。ある時、共通のクライアントへの提案内容と進め方を巡って意見が激しく対立し、お互いに協力的な態度を取らなくなった。クライアントへの提案準備が滞り、チーム全体の目標達成に影響が出始めている。
マネージャーの対応:
- 兆候の把握: 会議での発言の少なさ、共有フォルダへの資料アップロードの遅れなどから、AさんとBさんの間の問題に気づく。
- 個別面談: まずAさんと個別に話す。「最近、クライアント〇〇への提案準備で何か困っていることはありませんか?」と切り出し、状況を聞く。AさんからはBさんの強引な進め方とコミュニケーションへの不満が語られる。「そういう状況だったのですね。他に、その件で何か気がかりな点はありますか?」と深掘りする。同様にBさんとも個別面談し、Aさんの慎重さに起因する遅延や新しい提案への消極的な姿勢への不満を聞く。「なるほど、スピード感が重要だと感じているのですね。他に、何か困っていることはありますか?」と傾聴する。
- 距離感: 双方の感情を受け止めつつも、冷静に事実関係(具体的にどの提案、どのコミュニケーションが問題だったか)を整理する視点を保つ。どちらの味方でもなく、状況理解に徹する。
- 仲介(三者面談): 個別面談後、両者の認識のずれや互いへの不満が明らかになったため、三者面談の場を設ける。「今日は、クライアント〇〇への提案を成功させるために、お互いの協力体制について話し合いたいと思います」と目的を明確に伝える。まずAさんに個別面談で話した内容をBさんにも伝えられる範囲で話してもらい、次にBさんにも話してもらう。マネージャーは「AさんはBさんのスピード感ある進め方を評価しつつも、コミュニケーションの取り方に懸念があるのですね」「BさんはAさんの慎重さも理解できるが、締切を考えるとスピードが必要だと感じているのですね」のように、互いの言葉を整理して伝える。
- 距離感: 感情的な言い争いになりそうになったら、「お二人が目指すのは、クライアントへの最良の提案ですよね。その共通の目標に向けて、どうすれば協力できますか?」のように、共通の目標に意識を向けさせる。どちらか一方の意見を擁護せず、あくまで両者が建設的な話し合いができるようにファシリテートする。
- 解決策と合意: 話し合いの結果、「提案内容の決定プロセスを明確にする」「お互いの状況を毎日15分だけ共有する時間を作る」「意見が分かれた際はまずマネージャーに相談する」といった具体的な行動計画に合意する。
- 距離感: マネージャーが解決策を押し付けるのではなく、部下自身が「これならできる」「これなら協力できる」と思える解決策を一緒に見つけるサポートをする。合意内容の確認と記録を行うことで、曖昧さをなくし、今後の行動規範という境界線を明確にする。
- フォローアップ: その後、定期的に(例えば1週間後、1ヶ月後など)状況を確認し、改善が見られるか、新たな問題が発生していないかを確認します。「先日話し合った件、その後いかがですか?何か困っていることはありませんか?」のように、継続的に気にかけていることを示しつつも、過度な干渉にならない頻度と声かけを心がけます。
まとめ
部下間の衝突は、チームが成長する過程で起こり得る自然な現象とも言えます。重要なのは、マネージャーがその発生を恐れるのではなく、適切に対応するための心構えとスキルを持つことです。
衝突解決における「適切な距離感」とは、部下たちの問題から完全に切り離されるのではなく、かといって過度に感情的に巻き込まれるのでもなく、中立的で建設的なサポートを提供できる位置を指します。早期の兆候を捉え、初期段階では少し引いた距離感で様子を見つつ環境を整え、問題が深刻化すれば冷静かつ公平な立場で介入する。そして、解決策を指示するのではなく、部下自身が乗り越えるための伴走者となる。この一連のアプローチにおいて、マネージャーの適切な距離感と、感情的にならない・一方に肩入れしないといった境界線の引き方が、部下からの信頼を維持し、チーム全体の解決能力を高める鍵となります。
部下間の衝突に適切に対応することは、個々の部下の成長を促すだけでなく、チーム全体のレジリエンス(困難から立ち直る力)を高め、より強固なチームワークを築くことに繋がるはずです。